

最も注目されるのは、その可能性からも世界最大の産油国といってサウジアラビアの動向だ。
ここでも最近、将来、あれが分岐点だったかと回顧されるかもしれないM事件があった。
それはアメリカのR・エネルギー長官のサウジアラビア訪問だった。
この訪問で両国は天然ガス開発プロジェクトへの投資促進などで合意したとされている。
それも型通りの合意ではなく、作業部会の設置といった形のある内容だとされ、サウジアラビア側が近くプロジェクト内容を決定する予定だ。
両国は石油の面以外にも対イラク、イランという政治的な関係からも親密な関係にあるが、その太い糾が一段と強化される可能性が高まってきている。
公式にはサウジアラビアは外資の石油開発部門への直接投資を完全に禁止してきた。
それが投資解禁に向けぐらり動き出したということである。
現時点ではサウジアラビアは石油開発自体への投資解禁ということを公式表明はしていない。
産油国。
そしてメジャー。
石油危機後にこの二つの聞にできた大きな亀裂がこのところ急速に修復している理由は二つある。
ひとつは産油国の財政事情の悪化。
簡単にいえば産油国の財政は最盛時の三分の一以下に落ち込んでいる。
原油価格の下落はそのままほほ産油国の収入を直撃する。
今、巨額のオイルダラーをむさぼる産油国はない。
選択は外資導入による事態打開だ。
石油会社が手を一方、メジャーはどうか。
メジャーにも事情がある。
原油価格の低下から製品価格も低下。
当面、収益の急増は望めない。
日本でもガソリン価格の低位安定が石油会社を直撃、日本石油・三菱石油の合併という事態を招いている。
メジャーは底力が違うが、それでも将来への生き残りは大きな課題。
エクソン・モービルの合併、BP-AMOCOの合併などの巨大合併はその具体的な表れだろう。
ここから新たな開発戦略が生まれてきた。
資本の強化と同時にチープ・オイルの確保だ。
そのチープ・オイルは中東にしかないといってもいい。
目下、旧ソ連から独立したカスピ海周辺国の資源開発が世界の注目を集めている。
消費地への輸送ルートも決まって、動きは縫かに急だが、価格については中東に及、はない。
二倍とも三倍ともいわれるほどの価格差がある。
メジャーにとっては、現在の原油低価格が続く以上、可能な限りこの中東の安い原油を手にすることが重要命題となる。
メジャーも背しい。
アメリカの投資銀行が行った調賓では、アメリカのメジャー、独立系石油会社百七十五社の九九年の石油・ガス探鉱・生産投資計耐は前年に比べ約百億ドル、約一割の減少だという。
当然、否応なく投資効率の向上、つまり安い原油の確保に向かう結果となる。
日本の石油開発会社はこうした潮流のなかで、どういう位置付けにあるのだろうか。
「乗り遅れどころか、乗る意思もない」と石油開発関係者は自剛する。
ガリバーと小人といってもいいメジャーと日本の石油開発会社の格差。
それに加えての石油公団の不良債権問題。
比較するのもおこがましく、「これからも落ち穂拾い」となりそう。
その証拠のようにアラビア石油問題があった。
アラビア石油は日本の海外石油開発成功の象敵だったが、サウジアラビアとの採掘権契約は二〇〇〇年初めに切れた。
石油開発も市場原理に任せて、政府は関与するべきではない、という意見もある一方、アラビア石油は日本と中東の杵の象徴、応分の経済協力で死守するべきだった、という意見もあったが、アラビア石油に閲する限り経済性だけの「市場」に任せられたという結果といっていいだろう。
岐路に立つ「日の丸原油」第一次石油危機から四半世紀以上が経つ。
この四半世紀、激動し続けたエネルギー情勢も、目下のところ静まりかえってみえる。
省エネルギー問題や環境問題に対立する形でエネルギー問題が注目されることはあっても、生み出す生産の側面が脚光を浴びることは少ない。
こうしたなか起こったのが、石油公団問題だった。
この問題は二聞にわたるオイルショック以降、全くといっていいほど顧みられることのなかった石油開発問題を浮上させる結果となった。
日本に石油開発はもはや不要なのか。
今、エネルギー問題を考える時、我々は何を軸にするのだろうか。
「もんじゅ事故」、「東海村臨界事故」以来の関心の高まる原子力問題か、地球温暖化防止に絡む省エネルギーか。
それとも太陽光発電などの新エネルギー問題だろうか。
エネルギー問題への関心は人それぞれだろうが、日本のエネルギー消費の半分以上を占める石油をどう確保していくべきか、といった問題や、日本がどうやって独自の石油開発を進めるべきか、といった課題にはほとんど目を向けないのが現状だろう。
アジアの経済成長に伴うアジア発の三次石油危機という見方も経済危機によるエネルギー消費減少ですっかり色あせ、その後あまり注目されていない。
少なくとも近未来の危機はなくなったという風潮である。
石油開発などというテーマに関心が集まらなくて当然なのだろう。
そのようななか、石油開発分野で二つの話題が交錯した。
ひとつは新たな油田の誕生であり、ひとつは役目を終えた油田の消滅である。
日山川誕生は三菱行仙が子会社を通じて山発に成功したベトナム沖のランドン川町。
この油川が向業生産を開始、輸入も始まった。
生産の役日を終えて消え去るのが、山光興産の子会社である出光石油開発などによる新潟の阿賀沖油・ガスだ。
七六年の生産開始以米、二ト二年間にわたって原油、天然ガスを生産してきたが、このところ生産量が年々減少、九八年、生産を中止、閉鎖作業が進められている。
二十二年間の実績は原油換算で約五百四十六万キロリットルという。
石油危機直後の本格的な囲内海洋ガス・油田として脚光を浴びたが、その役割を終了、その歴史を閉じた。
この新旧交代、明暗の交錯するところにおかれているのが石油公団問題といえる。
石油公団はこのふたつの油川に出・融資という形で関わっていた。
石油公団問題は今、急に発生した問題ではない。
二つの行油危機が沈静化した八〇年代後半から関係者の問ではいずれ大きな問題になるという話がささやかれていた。
しかし、自主開発原油、日の丸原油の維保という大義の前には、これを問題にすることはできない風潮が強く、これまで問題は表面化することがなかったのである。
ところが経済構造改革という観点から特殊法人の見直しへの関心が高まって、堀内光雄・元通産大臣が「石油公団は巨額の不良債権を抱えている。
このままでは国民負担になりかねない」と警告、公団改革が宣言したことから、一挙に表面化、所管官庁である通産省はあわてて、石油公団再建検討委員会を設置、情報公開、一部開発会社の清算を中心とする改革案をまとめた。
この改革案に対しては甘いという批判が強い。
将来の最終損益に関わる原油価格の見通しなどがご都合主義というのだ。
このなかでドパイ原油の価格を一バレル当たり十六・一ドルから二十・七ドルとしているが、「これは無理だ。
世界中、どこを探してもこんな数字はない。
妥当な水準は十四ドルから十六ドル」といわれている。
そうなれば報告にある石油公団の最終損失二千四百九十億円はさらに膨らむ恐れがある。
むろん石油公団の九七年度末出・融資残高一兆二千九百七十億円がまるまる損失となるわけではない。
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